研究内容

地球の気候を支配している大気と海洋は、海面を通して互いに強い相互作用を行う複雑な結合システムを構成しています。 潮汐を除くほとんどの海洋の運動は、大気が海面に与える風の応力や熱・水などのフラックスによって駆動されています。 一方、海面から供給された熱や水蒸気は大気中の対流や低気圧など、さまざまなスケールの擾乱の発生・発達に大きく影響しています。 このように複雑なシステムの振る舞いを正確に把握し、精度良く予測するためには、対流や乱流をはじめとする大気・海洋の基礎的な過程に関する理解が不可欠であることが、以前にも増して強く認識されてきています。

本グループでは、大気と海洋の相互作用に関わる対流・乱流・低気圧など、 さまざまな大気・海洋擾乱の実態・構造・メカニズムを観測データの解析・数値シミュレーション・力学理論・室内流体実験などの多様な手法により解明しています。

佐藤研 最近の主な研究テーマ

  • NICAMの開発
  • 雲解像モデルによる気候研究
  • 衛星データと雲解像モデリングの融合
  • 台風シミュレーション:発生、発達、構造変化
  • 雲のシミュレーション:上層雲、巻雲、将来の雲の変化
  • メソ降水系(線状降水帯を含む)、メソから大規模スケールのマルチスケール相互作用
  • 熱帯気象、対流組織化、季節内変動、マッデン-ジュリアン振動(MJO)

伊賀研 最近の主な研究テーマ

  • 台風・ポーラーロウなどメソスケールの渦運動のシミュレーションとメカニズム解明
  • 大気中の渦の振る舞いの基本的性質
  • 室内実験による大気素過程の研究とその影響評価

● 全球雲解像モデル

NICAMの格子構造の例:
正20面体を3回分割して得られた格子。
左のようにメッシュ間隔100kmでは対流運動を解像できないが、
右のようにメッシュ間隔5km以下で対流に伴うメソ循環を表現できるようになる。

近年温室効果気体の増加に伴う気候変化や気候変動が着目されていますが、これらの現象を数値シミュレーションモデルを使って予測する上で大きな不確実性を担っているのが、 従来の気候モデルでは陽に表現できない積雲対流などの小さなスケールの現象です。 地球規模で起きる気候変化が、実は非常に小さなスケールの対流現象に強く依存していることは、大気や海洋の運動の非常に興味深い特徴の1つです。

佐藤研究室などのグループでは、これらの対流現象自身の研究、および対流を全球的に解像する「全球雲解像モデル」NICAM(Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model)の開発を進めています。 NICAMでは、地球全体を5km以下の水平メッシュで覆う計算が可能です。 従来の温暖化予測等に用いられている大気大循環モデルでは、水平解像度が数十km以上にとどまらざるを得ず、大気大循環の駆動源として重要な熱帯の雲降水プロセスを解像することができませんでした。 このような雲降水プロセスの不確定性が、気候予測の最材の不確定性の要因のひとつです。 NICAMにより、雲降水プロセスを忠実に表現することで、この不確定性を取り除こうとするものです。

● メソ降水系・熱帯気象

地球シミュレータ上を用いて、NICAMによる3.5kmメッシュの全球雲解像実験を行った結果。
NICAMによって得られた雲画像(右)と静止気象衛星MTSAT-1Rの赤外雲画像(左)(2006年12月29日00UTC)。三浦裕亮氏による。
(左)岡崎市の集中豪雨のレーダー画像(2008年8月29日; 気象庁による)。(右)2008年1月1日のダウンバースト (©新野 宏)。

NICAMを用いて、現実とよく似たマッデンジュリアン振動(MJO)に伴う雲集団が再現されています。 MJOの内部には、東進するスーパークラウドクラスター、西進する数100kmスケールのクラウドクラスター、10km程度のスケールの積雲といった熱帯のマルチスケールの積雲の構造が捉えられています。

また近年、線状降水帯をはじめとした集中豪雨の頻発が社会的な問題となっています。 積乱雲や集中豪雨,塵旋風、ダウンバーストなどの発生機構や挙動・メカニズム、大気境界層の乱流構造も詳しく調査しています。

● 台風のシミュレーション

NICAMにより、2012年8月の多重眼壁をもつ台風Bolavenがシミュレートされた例。吉田龍二氏(理研)。

NICAMによって、雲降水システムを全球にわたって現実的に計算することが可能になりました。 このモデルによって、従来の方法では予測することが難しかった台風の発生・発達や、夏季の天候、豪雨の頻度について、より信頼性の高い予測が得られることが期待されます。

● 海上の大気擾乱

北海に発生したポーラーロウの衛星写真と、理想化実験で再現されたコンマ状雲を伴う低気圧。
数値実験で再現された別のポーラーロウ。柳瀬 亘氏提供。

冬の高緯度海洋上には台風にそっくりな目やスパイラルバンドを持ったポーラーロウと呼ばれる激しい低気圧が発生します。 これらの渦は積乱雲、大気・海洋間の熱や水蒸気のフラックスとの複雑な相互作用を通して発達します。

大気・海洋間の物理量の交換に関わる大気・海洋境界層の乱流機構やその結果生ずる大気・海洋擾乱の機構の解明は、大気・海洋相互作用の理解に不可欠です。

● ジェットと渦列

(左上)済州島の風下にできた渦列、(左下)湾流に伴って生じる渦列、(右)過程

山の風下の弱風域や海洋の黒潮続流・湾流などの強い流れからは、しばしば渦列が形成されることがあります。 冬季に済州(チェジュ)島の風下で時折見られる雲列が、このようなパターンを形成することが知られています。 理想化した簡単なモデルを用いることで、直線的な流れから渦列が形成される過程が再現され、その統計的な性質を調べることができます。

● 回転水槽実験

円筒容器を用いた室内実験の様子と、実現した様々な現象を、与えた二つの外部パラメータに対してまとめたダイアグラム。
(左)順圧不安定の渦(©新野 宏)と(右)傾圧不安定の渦(©野口尚史)

大気の流れや海洋の流れの中にみられる様々な現象をできるだけ単純化してとらえ、その本質を取り出した状況を室内の水槽で再現します。 室内実験によって複雑な流れの仕組みを解明していきます。

2022年6月には東海大学から搬入した回転水槽が 稼働を始めました (佐藤教授のX=旧Twitterにおけるポスト )。基本的な流れだけではなく、台風の再現も行い「タイフーンショット計画」(台風の脅威を人工的に抑制しつつもそのエネルギーの有効活用化を目指すもの)にも活用する予定です。