- 2018.1.18 「2018年1月11日のポーラーロウ」を
追加しました。
- 2016.12.14 中級編解説
「ポーラーロウのメリーゴーラウンド」と「逆向きシア」を追加しました。
ポーラーロウは冬季の中高緯度の海洋上で発達する 水平スケール200~1000kmの小低気圧です(図)。 ポーラーロウは温帯低気圧や台風と比べてサイズは小さいですが、 海上で急速に発達し強風や大雪を伴うため、社会的な影響も大きな現象です。 ポーラーロウはバレンツ海、ノルウェー海、北海、グリーンランド海、 ラブラドル海、ベーリング海、南極海など高緯度の多くの海洋上で発達し、 比較的に緯度が低い日本海でも発達します。
2018年1月11日の寒気吹き出しの中、 北海道の西にポーラーロウが形成しました。 また、朝鮮半島の付け根から北陸地方に伸びる帯状の雲 (日本海寒帯気団収束帯; JPCZ)も見られます。
冬季に陸地や海氷の上で冷やされた寒気が、 比較的に暖かい海洋上に吹き出すと、 寒気は海面から熱と水蒸気を供給されて不安定になり、 積雲対流が活発になります。 日本海の場合は西高東低の冬型の気圧配置の時に寒気が吹き出し、 衛星画像では風の向きに並んだ筋状雲として見られます(図)。
さらに日本海の上層に冷たいトラフが来ると、 対流圏はますます不安定となり、深い積雲対流が活発化します。 このような状況の時に、しばしばポーラーロウが発達します。
ポーラーロウの雲パターンは事例ごとに大きく異なります。 あるものはスパイラル状の雲パターンや目(中心部の雲が無い領域)を持つため、 「冬のミニ台風」や「極域のハリケーン」などと例えられることもあります。
また、あるものは低気圧の中心から一本の長い尾が伸びた雲パターン (記号のコンマのような形)を示します。 こちらは温暖前線・寒冷前線を持つ中緯度の温帯低気圧に似ています。
さらに、スパイラル状ともコンマ状とも分類しにくい事例もあります。 ポーラーロウが多様な雲パターンを示す理由として、 その発達メカニズムが単一でないことが挙げられます(後述)。
ポーラーロウの発達メカニズムは複数提案されてきましたが、 ここでは2つの重要なメカニズムを紹介します。
1つ目は台風のように「組織化した積雲対流が放出する凝結熱を エネルギー源として発達する」というメカニズムです。 中高緯度では熱帯ほど海面水温は高くありませんが、 大陸や海氷から吹き出す寒気が相対的に暖かい海面から 熱と水蒸気を供給されることで積雲対流が活発になります。
2つ目は温帯低気圧のように「気温の水平勾配が持つ位置エネルギーを 運動エネルギーに変換して発達する」という傾圧不安定と呼ばれるメカニズムです。 温帯低気圧は中緯度の南北気温勾配の中で発達しますが ポーラーロウは大陸・海氷上の冷たい大気と海洋上の暖かい大気との間の 浅い水平温度勾配の中で発達します。
これらの他に上層の擾乱や地形なども影響します。 ポーラーロウはこれらのメカニズムが同時に働くハイブリッドな低気圧であり、 それらの寄与の度合いが事例ごとに異なることが多様性を生み出しています。
北欧のノルウェーは、バレンツ海・ノルウェー海・北海といった 高緯度の海に囲まれています。 これらの海域で発達するポーラーロウは強風・大雪・高波を伴い、 漁業・海運・海底油田・沿岸域の生活など ノルウェーの社会に大きな影響を及ぼしています。 そのため、ノルウェーにおけるポーラーロウの予報や研究は、 日本における台風のように重要視されており、 領域モデルによるアンサンブル予報やデータベースの整備が行われ、 また、テレビや新聞などのメディアでも取り上げられることがあるそうです。
欧米ではノルウェーの他にもイギリス、フランス、ドイツ、デンマーク、 スウェーデン、ロシア、カナダ、アメリカなどの研究者が ポーラーロウの解明に取り組んでいます。
ポーラーロウが発生する他の海域に比べ、 日本海は比較的に低い緯度(北緯40度付近)に位置しています (たとえばバレンツ海は北緯70度以北です)。 比較的に低い緯度でポーラーロウが発達する理由は、 冬季にアジア大陸で冷やされた寒気が、 比較的に暖かい日本海上に吹き出すことで、 他の高緯度の海域と似た条件が整うためと考えられます。
日本海上のポーラーロウは、 日本海側地域の里雪型豪雪の一因とされるほか、 強風による山陰線余部鉄橋での列車転落事故(1986年12月)や、 北海道沖での約6千トンの旧ソ連船の海難事故(1981年2月)などを 引き起こしており、防災面でも重要な現象です。 このため、日本・韓国・中国・ロシアなどの研究者が 日本海のポーラーロウの研究に取り組んでいます。
観測面での日本海のメリットは、日本のレーダー観測が利用できるほか、 緯度が低いために冬季でも気象衛星の可視画像を利用できる時間が長いこと、 静止衛星による頻度の高い観測が可能であることなどがあります。 特に2015年にひまわり8号が運用されてからは、 ラピッドスキャンによる2.5分間隔の観測も利用できるようになりました。
右の図は1994年12月18日にノルウェー海〜グリーンランド海上に形成した ポーラーロウ群で、"Polar Lows"の教科書の最初の図としても紹介されています。 大きなスケールの低気圧性循環の縁に複数のポーラーロウが形成しており、 メリーゴーラウンド型のポーラーロウと呼ばれています。
メリーゴーラウンド型のポーラーロウの上層には、 大きなスケールの低気圧(寒冷渦)の周囲に小さなスケールのトラフがあり、 それらが下層に影響を及ぼしていると考えられています。
ポーラーロウの論文では逆向きシア(Reverse/Reversed Shear)という用語が登場します。 鉛直シアは水平風の上層と下層との差ですが、 上層ほど風が強い場合はForward Shear、 下層ほど風が強い場合はReverse Shearと呼ばれます。 中緯度の温帯低気圧の環境場は上層ほど西風が強くなるForwad Shearですが、 ポーラーロウの環境場にはReverse Shearのものも見られます。 低気圧に伴う暖気移流や雲域は、 Forward Shearでは低気圧の進行方向の前方で起こりますが、 Reverse Shearでは後方で起こるとされています。 現実の大気では鉛直シアの構造が複雑であったり、 他のプロセスが働いたりするため、 上記の特徴が明瞭に見られるとは限りませんが、 ポーラーロウの一つの見方としてしばしば使われる概念です。 (参考文献:総観気象学入門; Polar Lows)
ポーラーロウとは水平スケールや構造・メカニズムが異なりますが、 名称に「極」の字が入っているため混同されやすい現象があります。 また、名称に「寒」の字が入っている現象も紛らわしいですが、 低気圧が発生する地域が寒い環境なのか、あるいは、 低気圧の中心部が寒い構造なのかに注意すると違いがわかります。