NHM時間積分における重力波のスプリットと音波モードの安定化

斉藤和雄(気象庁数値予報課)

 


. はじめに 

気象庁では防災気象情報の高度化を目指して、平成15年度を目途に現行MSMに代わる水平分解能10km前後の非静力学数値予報モデルの現業運用を計画している。このため、気象研究所/数値予報課統一非静力学モデル (MRI/NPD-NHM; Saito et al., 2001) の並列版をベースとした現業用非静力学メソモデル(NHM)の開発が気象研究所の協力も得て数値予報課を中心として行われている(石田ほか、本予稿集)。メソモデルの性質上、迅速に予報結果を配信することが求められており、データ同化を含めたモデルの計算時間には厳しい制約がある。一方で現業モデルとして高いレベルでの計算安定性も要請されることになる。

MRI/NPD-NHMはセミインプリシットスキーム(HI-VI法)、スプリットイクスプリシットスキーム (HE-VI法)、非弾性スキーム(AE法)の3種の力学コアを持っているが、現業モデルとしては、平成13年からの気象庁新NAPSに採用されている分散主記憶型並列計算機 (SR8000)上の計算効率を考慮してHE-VI法が用いられる予定になっている。当初MRI/NPD-NHMに組み込まれたHE-VI法(室井ほか、2000春季予稿集)は「気象研究所予報研究部で開発された非静力学モデル」(Ikawa and Saito, 1991) のHE-VI法の定式化をベースとしたもので、高周波モードの内の音波関連項をスプリットするが、重力波モードについては特別な扱いをしていなかった。雲解像モデルとしての使い方が一般的な研究用の利用ではそれでも特に支障はなかったが、水平分解能10km程度の現業モデルで計算効率や安定性を追及する場合、高周波モードとしての重力波の安定化を図ることは時間刻みに対する大気の静的安定度依存性を除去するために大変重要である。

 

2.重力波スプリットの方法

HE-VI時間積分のWとPについてのbackward積分

 

の前に、温位の予報式を小さな時間刻みに入れ、浮力を評価し直す。基本場鉛直移流の項を小さな時間刻みで評価すると

 

となる。重力波のスプリットのためには上記を積分すればいいわけだが、NHMでは移流項はフラックス形式

で書かれており、また有限差分に伴うにせの極大極小を抑える移流補正スキームがオプション設定されているため、基本場鉛直移流項の分離に向いていない。また移流項の計算にには高次の差分式やコンパクト差分、セミラグランジュ法など、高精度化のための改変が将来加えられる可能性がある。そこで温位についてのフラックス型の移流項をそのまま用いるため、大きな時間刻みの値と小さな時間刻み内での値の差の基本場鉛直移流を評価することとし、backward積分の部分を以下のように変形する。

 

 

ここで温位の式の第2項は、雲物理過程の計算で一度仮の時間積分をして求めておき、第1項は一次風上差分で評価する。上式は温位についてはforward型の積分になっているが、Leap-frog型の小さな時間刻みに対して中央差分で評価するオプションも作成した。また詳細は省略するがオリジナルのMRI/NPD-NHMにあった気圧方程式中の非断熱寄与項PFTを評価するタイムステップのバグについても同時に修正した。

 

. 音波モードの安定化

2.の修正により10kmモデルの場合タイムステップ40秒以上での積分が可能になったが、冬場に入って上層風速が増大するとジェット軸直下の気圧場に大きな乱れが発生するケースが生ずるようになった。移流補正スキームの併用によりある程度までは緩和できることが分かったが、同じ条件でのHI-VI法では補正なしでも不安定は生じないことから、移流と音速に対するクーラン数が大きな場でのKlemp-Wilhelmson型積分の音波モード不安定と考えられる。この不安定モードの解消のために、運動方程式の発散抑制フィルターのバグを修正するとともに、水平方向により強くかけるようにした。フィルター係数としては、線形安定条件から格子間隔に応じて求まる最大値の1/2を採用している。

 

4.今後の課題

これらの変更により、これまでの準ルーチンテストにおいて、大きな時間刻み40秒、小さな時間刻み11.4秒の組み合わせで高周波モードについての不安定は生じていない。しかしながら、対流調節を併用しても深い対流が発達するケースで鉛直流が大きくなり過ぎ(>10m/s)て、時間刻み40秒では安定な積分に支障をきたすケースが数例見られている(移流補正が雲物理変数にも必要になる)。不自然に大きな鉛直流を生じないようなモデルに合った積雲対流パラメタリゼーションの導入や、鉛直CFL条件の緩和のための工夫の追加が望まれる。