低気圧の多様性   ~熱帯から極まで~

更新:    温帯低気圧の解説を追加 (2018.1.29)

バラエティに富んだ低気圧の世界

日々の衛星画像や天気図を眺めていると、 地球上には実に様々な低気圧が形成しています。 教科書にも解説される代表的な低気圧としては、 スパイラルバンドや眼を持つ熱帯低気圧(台風やハリケーンの総称)と 温暖前線や寒冷前線を持つ温帯低気圧(爆弾低気圧や南岸低気圧など)があります。

熱帯と温帯以外の緯度帯でも、 亜熱帯低気圧や北極低気圧、ポーラーロウなど 異なる種類の低気圧が形成しています。 さらに、日本付近では梅雨期の停滞前線上に小低気圧が形成したり、 地中海ではメディケーンと呼ばれる小型のハリケーンのような低気圧が形成し、 地域や季節によっても異なる種類の低気圧が見られます。

低気圧の中には一生のうちに種類が変化していくものもあります。 例えば、台風は中緯度まで北上すると、 前線を伴う温帯低気圧へと変化することがあります(温帯低気圧化)。 現実の多様な低気圧を理解する上では、 教科書に記されている典型的な特徴を把握することと、 ライフサイクルや事例によって異なる特徴に注意することが重要です。

最近の書籍としては、 「日本付近の低気圧のいろいろ」(東京堂出版;山岸米二郎著)や 「日本の天気 その多様性とメカニズム」(東京大学出版会;小倉義光著) などが様々な低気圧を紹介しています。

衛星画像: 高知大学気象情報頁; デジタル台風

熱帯低気圧 (Tropical Cyclone) ~台風やハリケーンの総称~

2017年9月14日00時の台風第18号のレーダー画像. 画像: 気象庁

熱帯低気圧は積雲対流が組織化して発達する低気圧で、 よく発達した熱帯低気圧には中心の眼(雲の無い領域)や それを囲む壁雲、スパイラル状の雲バンドが見られます(図)。 熱帯低気圧は積雲対流の中で水蒸気が凝結して放出する熱を エネルギー源としています。 このため熱帯低気圧は水蒸気が多く蒸発する熱帯の暖かい海洋上で発生・発達し、 中緯度の冷たい海洋上や陸上では衰弱します。 凝結による熱は上昇流を強め、 それを補うように下層では周りから空気が集まりますが、 この時に回転が強められることで熱帯低気圧は発達します。

熱帯低気圧のうち、西部北太平洋上や南シナ海上で 最大風速約17m/sを超えるものは台風と呼ばれます。 また、北大西洋上や中部・東部北太平洋上で 最大風速約32m/sを超えるものはハリケーンと呼ばれます。 インド洋上のものはサイクロンと呼ばれることがありますが、 この用語の使われ方はやや複雑です ( 「サイクロンの定義とは」参照)。 このように熱帯低気圧は幅広い海域・強さの現象を含む専門用語ですが、 気象情報などでは台風の強さに満たないもの(約17m/s未満)を 指すこともありますので、文脈に気を付けてください。

温帯低気圧 (Extratropical Cyclone) ~天気図でおなじみの低気圧~


2013年1月14日に急発達した南岸低気圧の 地上天気図(上)と赤外画像(下). 画像: 気象庁

温帯低気圧は温暖前線と寒冷前線を伴った中緯度の低気圧で、 発達期には記号のコンマ","のような雲の形をしています(図)。 中緯度では南側の暖かい空気と北側の冷たい空気の温度差が大きく(北半球の場合)、 温帯低気圧の東側では南風が暖かい空気を運びながら上昇し、 西側では北風が冷たい空気を運びながら下降します。 暖かい(軽い)空気が上昇し、冷たい(重い)空気が下降することで、 位置エネルギーが運動エネルギーに変換され、温帯低気圧が発達します。

温帯低気圧は西から東へと移動し、日本に周期的に悪天をもたらします。 温帯低気圧は天気図ではおなじみの低気圧であり、 文脈によっては単に「低気圧」と呼ばれることもあります。 本州の南海上を進むものは「南岸低気圧」と呼ばれ、 冬に関東地方に大雪をもたらすことがあります。 また、急速に発達する低気圧は「爆弾低気圧」と呼ばれることがあります。

温帯低気圧は赤道側の暖かい空気を極側へと運び、 極側の冷たい空気を赤道側へと運ぶため、 地球の温度分布を調節する重要な役割も担っています。

温帯低気圧化 (Extratropical Transition) 〜日本付近の台風の重要なプロセス〜


2017年の台風第18号の最盛期(上;9月14日)と 温帯低気圧化直前(下;9月17日)の雲の様子. 衛星画像: デジタル台風

熱帯低気圧(台風やハリケーン)は低緯度の温かい海洋上で発達しますが、 日本付近にまで北上すると中緯度の環境場の影響を受け始めます。 中緯度では海面水温が低くなり熱帯低気圧の発達には不利な条件となりますが、 南北温度差が大きくなることで温暖前線・寒冷前線を伴う温帯低気圧へと 変化していくことがあります。 このようなプロセスは熱帯低気圧の温帯低気圧化 と呼ばれます。

2017年9月18日に温帯低気圧化した台風第18号は、 最盛期には中心には眼を伴う軸対称の構造をしていましたが(図上)、 温帯低気圧化の直前には構造が非対称になっていることがわかります(図下)。 台風が温帯低気圧に変化しても注意が必要で、 強風の範囲の拡大や台風とは異なる分布の大雨により 災害を引き起こすことがあります。 また、中心気圧が再び深まって再発達することもあります。

気象学会やサイエンスアゴラでは、 文京区立第三中学校・茗台中学校の科学部が、 温帯低気圧化の危険性を理解してもらうための面白い 取り組みを紹介しています。

亜熱帯低気圧 (Subtropical Cyclone) 〜熱帯低気圧と温帯低気圧の間のグレーゾーン〜


藤田ほか(1995)で亜熱帯低気圧として解析された台風8920号(上)と 台風9112号(下). 衛星画像: デジタル台風

亜熱帯低気圧には統一した定義がありません。 多くの文献で共通する特徴としては、 熱帯低気圧と温帯低気圧の両方の性質を持つ ハイブリッド型の低気圧であることが挙げられます。 これには亜熱帯のある程度高い海面水温と ある程度強い鉛直シアを持った環境場が影響していると考えられます。 また、上層の寒冷渦やトラフの近くで発生するという特徴も多く報告されています。

北大西洋では亜熱帯低気圧が多く発生することが報告されています。 中部太平洋ではハワイ近海のコナストームと呼ばれる低気圧が 亜熱帯低気圧とされています。 西部北太平洋においては、 台風の一部が亜熱帯低気圧に対応するとして 藤田ほか(1995)が解析を行なっており、 低気圧中心の北から東に積乱雲が存在するという 典型的な台風とは異なる特徴を指摘しています(図)。 また、小倉(2015)は秋雨前線やジェットストリークが影響した低気圧を 亜熱帯低気圧として紹介しています。

北畠(2010)では、世界気象機関やアメリカ気象学会、 気象庁での用語の扱われ方に関して解説しています。 また、現状では亜熱帯に発生する様々な現象が亜熱帯低気圧と呼ばれているため、 問題の整理の必要性を指摘しています。

ポーラーロウ (Polar Low) ~冬の海上の不思議なうずまき~ 

NEODAAS/University of Dundee

冬季の高緯度の海洋上にはポーラーロウと呼ばれる 小型の低気圧が頻繁に発生します。 図は1987年2月27日にノルウェーの北のバレンツ海で発生したポーラーロウです。 この例のように一部のポーラーロウはスパイラル状の雲パターンや眼の構造を示すため、 極域のハリケーンなどと呼ばれることもあります。 しかしながら、ポーラーロウの構造は事例によって大きく異なります。

ポーラーロウは強風・大雪・高波を伴い、 漁業・海運・海底油田・沿岸域の生活に大きな影響を及ぼすため、 ノルウェーを始めとする中高緯度に位置する国々で盛んに研究されています。 冬季には日本海上でも寒気吹出しに伴って ポーラーロウが発生することがあります。

より詳しい解説は、 ポーラーロウの解説ページ をご覧ください。

メディケーン (Medicane) 〜地中海で発達するハリケーンに似た低気圧〜

NEODAAS/University of Dundee

北緯30度より北に位置する地中海では、 小型の熱帯低気圧のような低気圧が発達することがあります。 これらは地中海のハリケーン(Mediterranean Hurricane) という意味で メディケーンなどと呼ばれています。 右の図は1987年1月27日にイタリア半島の南東に発達したMedicaneで、 中心部の雲のない眼の構造やスパイラル状の雲パターンが特徴的です。

台風やハリケーンなどの熱帯低気圧が発達できる条件として、 約26.5度以上の海面水温が必要であると言われていますが、 メディケーンは20度前後の海洋上でも発達します。 海面水温が低くても熱帯低気圧に似たメカニズムが働く理由として、 上層に冷たい空気が流れてきた時に積雲対流が活発になることが 重要であると考えられています。

西部地中海に位置するバレアレス諸島の大学で作成されている 事例集では、 メディケーンの衛星画像や総観場を見ることができます。

低気圧の分類

低気圧を分類する方法の一つとして、低気圧位相空間(Cyclone Phase Space) という方法があります。 この方法では低気圧の上層・下層の構造を指標化することで、 熱帯低気圧は深い暖気核構造、温帯低気圧は深い寒気核構造と分類されます(図)。 また、これらの中間的な性質を持つ亜熱帯低気圧は、 下層が暖気核で上層が暖気核の低気圧として分類されます。 さらに、台風の温帯低気圧化のような低気圧の構造の変化も 位相空間内での座標の変化として表現されます。

低気圧位相空間は様々な低気圧を一つの枠組みで表現できるため、 多様な低気圧を包括的に理解できる有用なアプローチです。 一方で、低気圧を限られた特徴で分類していることや、 ポーラーロウやメディケーンのように約1000kmより 小さな低気圧は扱いが難しいことなどには注意が必要です。

フロリダ州立大学の Cyclone Phase Spaceのサイト では、 気象庁(JMA)などの数値シミュレーション結果を用いて、 世界中の低気圧を分類した結果を日々掲載しています。 地図上に示された低気圧をクリックすると、 個々の低気圧の強さや構造のライフサイクルを見ることができます。

低気圧位相空間で分類される様々な低気圧.

梅雨前線帯の低気圧

作成中

北極低気圧

作成中

変更履歴
文責:柳瀬 亘